【めぞん一刻】海外「腰抜けランキングにおいて五代を打ち負かすのは難しい」 - 海外の反応 カレー語 -華麗なる誤訳-


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【めぞん一刻】海外「腰抜けランキングにおいて五代を打ち負かすのは難しい」

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©️高橋留美子/小学館

今回は『犬夜叉』や『らんま1/2』で有名な高橋留美子氏のラブコメ漫画『めぞん一刻』です。
高橋氏は少年誌でも良い仕事をしていますが、個人的には、本領を発揮するのは青年誌で描いている時ではないかと思っています。
現実の大人の世界のようなドロドロした恋愛でもなく、ハーレム漫画のようなご都合主義過ぎるところもなく、娯楽として適度に楽しめる、それでいてどこか共感できる恋愛を描いているのが良いんですよね。
一時期すごくハマって何度も読み返した記憶があります。
管理人さんにベタ惚れしていましたが、よく考えると嫉妬深いし面倒くさい性格の女性ですよね。しかし、そこがまた良いんですよ。
海外にも同じ感想を持った男性はいるようですが、きっとそのレビューを書いた人は既婚者に違いありません。管理人さん並みに嫉妬深い妻を持った私には分かります・・・。
良い感じにテンション下がったところで海外の反応を見てみましょう。

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『めぞん一刻』海外の反応


評価:★★★★★★★★★☆

めぞん一刻、愛の花咲く場所。

『めぞん一刻』は、穴埋め的ストーリーで溢れた最近のラブコメと違って、本当のロマンスとコメディを持った完璧なラブコメの見本だ。幸せ、誤解、コメディとロマンス、全てがこの漫画には詰まっている。

『めぞん一刻』を読むのことは素晴らしい経験だった。物語の早い段階での連続したドラマを期待している人はガッカリするかもしれない。なぜなら本当のドラマが始まるのは100話からだからだ。100話以前にも多少のドラマは見られるが、それはロマンスコメディというよりはコメディだ。

ストーリー:能無しの青年が一刻館というアパートに住み始め、未亡人である管理人に恋に落ちる。彼は管理人さんにその気持ちをと伝えようと努力するのだが、同アパートの住人たちの不条理な行動に邪魔される。彼が告白しようと試み、それがいつも愉快な失敗に終わるそのストーリーにはとても引きつけられる。
この漫画は他の漫画で見られるような変態的なコメディ(女の子のスカートを覗き見たりするような窃視症みたいな)と違って、心の底から笑える「本当のコメディ」を含んでいる。

アート:高橋留美子は漫画に関していつも素晴らしい仕事をする。古い漫画にも関わらず、アートの面でも最近の漫画と変わらぬポテンシャルを持っている。キャラクターデザインは1980年代としては魅力的だが、今の世代の子供達は「古くて魅力がない」と避けがちなものだ。しかし、私は高橋留美子は時が経っても色褪せないある種のスタンダードを持っていると思う。

キャラクター:『犬夜叉』のような他の高橋留美子漫画と同様良くできている。彼らが喧嘩している時には、いつもどこか魅力がある。この漫画には多くの誤解があり、いくつかは笑えるようなバカバカしい誤解で、いくつかは深く考えさせられるような誤解だ。
この漫画のヒロインは早とちりしがちで超絶に嫉妬深いが、それが主人公だけでなく、私までもが恋に落ちた彼女の魅力となっている。

一刻館が読者にもたらす多くの幸せ、嫉妬、誤解、そしてロマンス。この漫画は笑いと嫉妬、ロマンスで満ちている。
ロマンス漫画のファンである私にはとても面白かったが、コメディとロマンスによって面白いと感じる読者もいるだろう。
一言でまとめるなら、素晴らしいラブコメ漫画だ。お勧めする!


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評価:★★★★★★★★★☆

『めぞん一刻』:1980年に連載開始された有名なロマンスコメディだ。この漫画の成功によって、負け犬大学生が夢のような女の子に恋に落ち、数多くの滑稽な障害を乗り越え、夢の女の子を手に入れるという漫画が市場に溢れるようになった。

ストーリーは「一刻館」という名のアパートメントに下宿する住人たちに関してだ。
夫の死を乗り越えようと足掻いている23歳の未亡人、音無響子が気分を和らげようと、一刻館へ管理人として引っ越してくる。彼女がアパートへとやってきた時、住人の1人、五代裕作はより落ち着いて勉強できる環境を求めてアパートを去るところだったが、彼女を見るなり即座に気を変え、一目で恋に落ちる。
しかし、五代がすぐに悟ったように、亡くなった夫にまだ恋をしている女性の心を射止めるのは容易いことでは無かった・・・。

この心温まる、しかし多くの欠点も抱えた作品をどう評価するべきか・・・。
『めぞん一刻』から多くの影響を受け、それを改良した別のラブコメ作品『ラブひな』以来感じたことのなかった暖かい気持ちを、私はこの作品を読むことで感じられた。
しかし、物語の中盤ではその8割以上のエピソードを費やして物事が何も進まないのだ。実際、3年も掛からずにできるであろう4人の人間関係の整理に、優柔不断な主人公のせいで6年も掛かっているのだ。

だが、最初からネガティブな面にフォーカスするつもりはない。読者にこの漫画に対する誤った印象を与えかねないからだ。私は、自分が本当は好きな何かについて話している時でさえ、何かが私をイラつかせると、ネガティブな物事に対して止めどなく話しがちなのだ。このまま読み続けてもらえれば、『めぞん一刻』に関して言えば、それが本当だと分かってもらえるだろう。

下宿屋を舞台としたラブコメであふれた昨今、漫画愛好者にとって『めぞん一刻』はありふれた作品に見えるだろう。しかし、この作品は1980年に連載開始されたという点を理解しなければならない。私たちは今2009年に生き、この作品は驚くほど多く模倣されてきたのだ。今日においてさえ『めぞん一刻』は、他の多くのラブコメに対する強豪ライバルであり得る。他の多くのコピー作より遥かに面白く感動的だ。

その古さにも関わらず『めぞん一刻』は他のラブコメ作品に欠けている何かを持っている。現代において、ヌードやパンチラのないコメディ漫画はとても少ない。昨今ではほとんど必須の要素とさえ言える。しかし『めぞん一刻』はそのような作品とは違い、だからこそ名声を得ている。それが、そこらの変態的ゴミクズとは異なるキャラクターたちの関係に、より大人びた感情を加えている。だからこそ、130話を超え、五代と響子がようやく初めての契りを交わした時に、それが特別なものに感じられるのだ。他のラブコメのように、男の主人公が毎回ヒロインの体をまさぐったり裸を見ているようなラブコメ作品で同じように感じることはないだろう。

物語は、話が埋め合わせ的エピソードになると、その魅力と面白さを発揮する。このおかげで、休憩を挟むことなく読み続けることができた。もし君が、コメディ目的でキャラクターたちの関係性が広げられるのが好きではないなら(私もそうなのだが)、これはストレスの溜まる展開にもなり得る。しかし、『めぞん一刻』を読む楽しさを否定することはできない。
私たちはみな心のどこかで、2人の人間が恋に落ち、共に幸せになるのを見たいと願っている。そして、もしその2人がそれを成し遂げる前に、多くの笑いを提供してくれるなら、それはより良いものだ。

作画に関して言えば、今日の基準で言えば少し古く見える。また、高橋留美子は(多くの漫画家がそうであるように)重要でないシーンでは若干乱雑になっている。しかし、キャラクターたちの感情はとてもよく表せているので小さな問題は気にならない。例えば、響子が嫉妬で怒った時に五代に「鬼のような視線」をくれてやり、ドタドタと歩くシーン、ここで私は、彼女の感情がページから飛び出してくるかのようなインパクトを感じた。白と黒のコマがこのような感覚を私に与えることは滅多にない。高橋留美子が愛されているのには其れ相応の理由があるのだ。

さて、キャラクターについて話そう。私のネガティブな意見は全てキャラクターに関してのものだ。なぜなら『めぞん一刻』には主軸となるようなプロットはなく、キャラクターによって動かされているからだ。プロットがキャラクターを動かすのではなく、キャラクターがプロットの背中を押しているのだ。
ポジティブな点よりネガティブな点が多かったと言いたいわけではないが(実際そんなことは全くない)、それらの欠点には煩わしいと感じさせられたので、今度はネガティブな側面に関して話そう。

五代:おそらく未だかつてない腰抜け主人公だろう。他のラブコメ作品の主人公同様の、彼の優しい心根が好きではあるが、しかし本当にイライラさせられた。成長した良い男が、共に住む女性を ---しかも自分に対する気持ちが分かっている女性を--- 手に入れるのに、一体何をどうしたら6年も掛けられるのだ?
彼がしなければならないたった1つのことは、ただ意気地なしでいるのをやめることだけだ。彼に告白をさせるには、響子を動揺させる別のキャラクターまで必要としている。彼が意気地なしでないか、作者がもっとお金を稼ぎたいと思っていなければ、最後の20話で起こった出来事は、62話ぐらい早く完結できただろう。
最悪なのは、三鷹という強力なライバルが現れた時でさえ彼は何もしなかったということだ。男らしくなる代わりに、ただ三鷹に響子を口説かせるだけで、何もできず響子を失いかけた。もし響子が不運でなく、遅れることなく三鷹との結婚に乗っていたら、五代は響子を失っていたのだ。主人公が恋のバトルに勝つためには、ライバルが誤解によって白旗を揚げなければならないなど、あまりに惨めではないか?
それでも私は結局のところ五代が好きだ。誤解されがちだが良い男なのだ。例え気骨がなくとも、響子を心の底から愛し、幸せにしたいと願っている彼を憎むのは難しい。しかし、もし彼がもっと男らしく、話が短くまとめられていたなら、彼のことを遥かに好きになれたのだが。

響子:2人の主人公のうちの、どちらがより私をイラつかせたか分からない。腰抜けランキングに置いて五代を打ち負かすのは難しいところだが、響子もなかなか良い勝負をしている。
6年間に渡って2人の男に自分を巡って争わせたのだ。もちろんそれは彼らの選択なのだが、響子は2人のどちらも本当に拒絶などはしていないし、三鷹に誘われればいつでも誘いに乗っている。最初はそれも理解できた。彼女は亡くなった夫をまだ愛しており、五代と三鷹のこともよく知らなかったのだ。しかし、彼女の2人に対する駆け引きの背後に隠された必然性は、年を追うごとに色あせていく。
実際のところ、彼女は五代と同じぐらいに意気地が無い。彼らはお似合いのカップルなのだ。
私が彼女に関して本当に参ったのは、五代が他の女と会うことに対していかに嫉妬するかだ。自分は、三鷹と頻繁に出掛け自分を口説かせているくせに、よくあのような態度を取れたものだ。全くの偽善者である。人との関係と女性がいつも論理に従わないというのは分かっている。しかし、それでも、彼女の感情の起伏には参った。少なくとも最後には、彼女は三鷹の口説きを拒み始める。・・・それでもドライブに誘われても断らないし、彼を完全に拒絶はしなかったが。
しかし、上で述べた事実にも関わらず、私は彼女に好意を抱いていると言わざるを得ない。彼女は、男の前で裸を晒したり、衣服を剥いだりして描かれることで品位を落としめられるようなキャラではない漫画やアニメでは珍しい女性キャラだ。彼は自らを大切にし、亡き夫に誠実であり続けたいと思っているのだ。
私は五代が、彼女のことを、嫉妬深いが笑った時には彼の目には完璧な女性に見えると表現したのが好きだ。

三鷹:テニスコーチで金持ちの色男。響子を巡る五代のライバルだ。
物語は五代視点で語られているため、私は彼に対して自然とある程度の敵意を持った。それが作者の狙いなのだろう。だからこそ彼は完璧に描かれたのだろう。
しかし私は本当に彼のことが嫌いだったわけではない。彼は心根の良い男で、最後には、諸事情により恋のレースから外されるまで、響子に6年間も弄ばれたのだ。彼はその恋愛人生を響子に捧げ、彼女が自分の気持ちに正直になれなかったせいで、宙ぶらりんにされ苦しむのだ。多少なりとも彼に同情せずにはいられない。
三鷹が『めぞん一刻』に何か良いものをもたらしたとするなら、それはユーモアだろう。彼の犬に対する訳の分からない恐怖心には本当に笑った。時には大声で笑うことさえあった。体格の良い男が恐怖心を克服するために買った子犬を隅っこで震えながら見ているその姿は、私の心に長く残り続けるだろう。これほど単純な何かが私をあんなにも笑わせてくれるなど想像したこともなかった。

3人の主要キャラクターに対する感情を別とすれば、私の批判は他のサブキャラたちのためにある。というより、作者がこれらのキャラたちをいかに無駄にしたかという点だ。
壁の穴を通って五代の部屋に忍び込んでは食べ物を盗む、蛇のような見た目のデバガメ男、四谷はストーリーが進んで徐々にフェードアウトしていくまでは、私のお気に入りのキャラクターだった。
一刻館をシースルーのトップにノーブラで歩き回る(全てのハーレム漫画で必要とされる淫らなキャラクター)ホステスの朱美。
しょっちゅう呑んだくれては踊っている、お節介で太ったおばさん一の瀬。
彼らの性格に関して特に不満はない。彼らはみなコメディ要素のために用意されたようだ。作者は彼らに肉付けすることなく、彼らの背景を説明するために話を費やすこともなく、ただプロットを面白くするためのキャラとしてしか扱っていない。
四谷に関してもっと知り、彼がどのような仕事をしているのかなど知れればもっと良かったのだが、どんな形であれ物語に何かを加えるようなものもなく、ただエピソードを読み進めなければならなかった。

他にも何人かの重要なキャラクターはいる。
五代に恋をする高校生(八神)。盲目的に五代に惚れているもう1人の女の子(こずえ)。三鷹に狂ったように恋する女の子(明日菜)。上で述べたお節介な女性の息子(賢太郎)。後から一刻館に来た無邪気な住人(二階堂)。しかし彼らのほとんどは、ただ物語を引き伸ばすためだけの存在だ。
八神も話数を増やすためだけに存在するキャラクターだというのは明らかだが、十分に好ましいキャラで、彼女の「先生と生徒」という関係は、響子と亡くなった夫の過去にスポットライトを当てる役に立っている。しかしこれだけいて、存在価値のあるキャラは彼女だけなのだ。作者は、新しいキャラクターを追加しては彼らの存在を忘れるという悪癖があるようだ。
例えば、ストーリー半ばで見られた健太郎と彼の両親との仲が険悪になるという点は、掘り下げられることはなく、その後彼は数コマしか出てこない。
二階堂に関しても似たようなことが起きた。物語中盤で登場し、注目を浴びたが、その後数コマしか出てこない。彼がアニメに一度も登場しなかったのも理解できる。
率直に言って、作者はあまりにも多くの穴埋め的キャラクターを作りすぎ、彼らを大して掘り下げなかった。

『めぞん一刻』がキャラクターの掘り下げと物語のペースで犯したミスは、何年にも渡って他の作品たちで正された。
『ラブひな』は『めぞん一刻』のフォロワー的作品の中でも、ラブコメの王者の座を奪った最も有名な作品で、『めぞん一刻』に見られた多くの問題を改善している。
『ラブひな』ではひなた荘(『ラブひな』版一刻館のようなものだ)の住人、一人一人全てにキャラクターを掘り下げるための十分なエピソードが費やされている。彼らはただお笑い要員としているわけではないのだ。これによってサブキャラたちの何人かは主役の2人と同じぐらいに好感の持てるキャラとなっている。そして、『ラブひな』の主人公景太郎は物語が進むにつれ変わっていく。五代のように腰抜けのままではないのだ。また、『めぞん一刻』では冒頭で触れられた入試に関する設定がその後触れられることがなかったのと違い、『ラブひな』では入試とそのための準備が物語に目的を加えており、ランダムな話となるのを防いでいる。

もちろん『ラブひな』も『めぞん一刻』が持っていない欠点は持っているし、『めぞん一刻』にも『ラブひな』には無い良い点がある。どちらもそれぞれに素晴らしいのだ。
『めぞん一刻』は常にオリジナルであり、『ラブひな』はそのリメイクのようなものと考えられる。
しかし結局のところ、大事なのはそれが楽しめたかどうかで、私はどちらの作品もとても楽しんだ。

さて、まとめとして、私がいかに『めぞん一刻』を楽しんだかを述べよう。完璧ではなかったし、欠点を煩わしく思うこともあった。しかし、滅多無いほどに私を感動させた。
多くの作品に模倣された、60話を超えるような物語に私を向かわせ、私の冷たい心をも暖めた愛の物語で幸せにしてくれたこの作品を評価したい。
そのいくつかの欠点と古さのせいで、最初は得点をつけるのは難しかった。しかし、最後の素晴らしい20話ほどを読んだ後に、このような心温まる作品に一体どうして8.5〜9以下の点を付けることなどできるだろうか?

得点:8.5 / 10

翻訳元:MAL(ttps://goo.gl/wsmgql)
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コメント
非公開コメント

No title

確かに、五代がもっと積極的なら良かった話だけれど、タイミング的にも不運に見舞われるんだよね…。いい感じになって告白しようとすると職を失ったり…。(笑)何かしようとすると邪魔が入るんだよね。こずえも大概邪魔だったわー。思い込みで付き合ってると勘違いするとことかイライラさせられたわ。
しかし、響子さんにしてみれば6年という歳月は丁度良かったのかもしれない。五代を知るにも十分だったし、総一郎さんを過去の男にするのにも年月が必要だった。
三鷹さんはただの当て馬だったわけだけど、ちょっと可哀想な気もしたわ。結局この男もいい男だったし、最後はストーカーっぽい女と出来婚してしまった。結果オーライで良かったけど。(笑)一番報われない感じだったからちゃんと彼も幸せになって良かった。
私はこの漫画、結構好きです。
五代君はちょっと頼りなくウジウジしたところもあるけど心優しい青年だし、響子さんも五代君に向けるちょっと嫉妬深い可愛らしいとこも微笑ましくて良かったよ。

2016-12-20 10:11 │ from URL

No title

>さて、まとめとして、私がいかに『めぞん一刻』を楽しんだかを述べよう。

そんだけ熱く語ってれば、どれほど読み込んだかは聞かんでも判るがなw

2016-12-20 10:23 │ from URL

No title

キャラが相手を忖度するあまり独りの妄想に嵌まり込んで進まない、ってのは平安時代の物語から続く日本の恋愛物のテンプレだからしゃーない。てか当に王道を行くストーリーってことね。
「キャラが物語を動かす」ってのは良い指摘。高橋留美子は劇画村塾時代に「キャラ立ち」について徹底的に叩き込まれたらしいから。あの塾出身者の創るキャラは、全員がスピンアウト作れる位造り込まれてるから。西村しのぶなんかもその系譜だよね。

2016-12-20 10:47 │ from 名無しさん@PmagazineURL

宮崎駿の有名な言葉「あんなの押し倒しちゃえば話終わりだよ」

日本の漫画凄いよね ほんとにそれだけの話を限界まで引っ張って「名作」と呼ばれるまでにするんだから

2016-12-20 12:10 │ from URL

No title

漫画をヒットさせるのは大変なんだよ。
一度成功してファンが付けば
長くやりたくもなるさ。
編集部の都合かもしれないが。

2016-12-20 12:24 │ from URL

No title

留美子は男の弱さとか情けなさをわかってる
最近のハーレムに足りないものだよ
ネットの意見を気にしすぎてすぐにメインヒロインとくっつくかゲス主人公って割り切っちゃうかだもの
男はもっと選べないし断れない生き物なんだってことを思い出してほしい

2016-12-20 13:41 │ from URL

No title

なんかまったく同意できない意見が多いな。
四谷に関する部分とか。
他人の生活にづかづか遠慮なく入ってくる一方、自分は秘密主義って点で
完成されてるキャラなのに、バックボーン描いたらキャラ崩壊じゃん。
けど、考えてみれば海外ドラマってキャラのバックボーンいちいち丁重に描くな。
「描かないことでキャラを表す」って感覚が理解できんのかもな連中。
空気を読む日本人と曖昧を許さない向こうの価値観との差か。

2016-12-20 16:02 │ from URL

No title

今なら中古の一言で片づけられてしまう
やっぱり郁子八神かこずえちゃんぐらいがしっくりくるわ

2016-12-20 17:56 │ from URL

読んでましたとも、リアルタイムで。なにせ五代君と同い年だし・・
響子さんももうすぐ還暦か・・・・・・

2016-12-20 18:00 │ from URL

No title

比較対象がラブひなな事にもの凄い憤りを感じる。

2016-12-22 00:52 │ from URL Edit

No title

ラブコメといったら、あだち充だろうか。
特に「ナイン」と「みゆき」は好きだが、ナインは後半の作画崩壊がひどかった。。

2016-12-24 11:54 │ from URL

No title

ラブコメ連載が起動に乗った後の回遊モードを真面目に捉えると
「なんて意気地がないんだこいつら!」ってなるよなw
真面目な外人のコメントはおもろい

2016-12-26 15:00 │ from   URL Edit

No title

>このような心温まる作品に一体どうして8.5〜9以下の点を付けることなどできるだろうか?

と書いてて8.5点をつけてるところで笑ってしまったw
9点後半かと思ったのにw

2016-12-30 13:37 │ from URL Edit

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